2000年9月21日。
さて、今回も『女郎蜘蛛』の話だ。
全てに整合性を与えるアイディアを得た俺は、シナリオを書き始めた。
何の問題も無いと思っていた。何故なら、今までの経験からして全てが旨くゆくアイディアと言うか閃きさえ出れば、最後まで書ける筈だったからだ。
結果として言えば最後まで書けた。だがその道のりは、今までの全てのゲームを合わせたより苦しかった。多くのつまずきが襲いかかってきた、いや、つまずきの七割は俺の中の未熟さと割り切れ無さから出てきた物だったから、襲いかかってきたと言う言い方は、余りにも責任転嫁だろう。 最初のつまずきは原画家だった。
「この絵、『女郎蜘蛛』のドコか儚い感じにぴったりだろ?」
と言って社長にT女史の同人誌を見せられた時、俺は不吉な物を覚えた。首筋の怪しい不安定さを見て、なんとなく駄目そうな気がしたのだ。だが俺はその不安を口に出すことなく押さえ込み、いいんじゃないでしょうか、などと言う逃げを打ったのだ。あの当時は社長の決定に異を唱えるなど考えてもみなかった。
T女史は、子持ちの同人作家で、当時エロゲー雑誌にイラストなども描いていた。上がってきたキャラデザは俺の好みとは僅かにずれていたが、確かにそう悪くなかった。
だが、これはキャラデザに過ぎなかったのだ。
そして待ちに待った原画がファックスで送られてきた。
俺はエロゲーの原画を見るのが大好きで、原画集を二冊に一冊は買うような男だ。だから、制作途中のエロゲーの原画を見るのは至福の時なのだ。
だが・・・
ファックスで送られてきた原画を見て、俺と猫田さんは言葉を失った。
下手だ・・・・・・。
色気も何も無い、そこには確かに女が描いてあるのだが、見ても何もときめく物が無かった。一体何が足りないのだろう? 技術? 情熱? 絵心? はっきり言って全てが足りないとしか思えなかった。結局、ただ立っていたり、特定の向きの顔は描けても、日常出てこないポーズやアングルが出てくると、もう駄目という人だったのだ。社長に同人誌を見せられた時のシックスセンスは外れていなかったのだ。目の前が暗くなった。
この絵では売れないだろう・・・・・・。
だが、この原画家で何とかしなければならないのだ。
俺と猫田さんはT女史にリテークを出し、遠回しな表現で直してくれるように頼んだ。原画が送られてくる回数が増えるに連れ、遠回しな表現は、遠回しな嫌みになり、さらにほとんど嫌みとしか取れないレベルへと尖っていった。
だが、事態の悪化は止めようが無かった。
キリヤマさんが『女郎蜘蛛』のグラフィックチーフに指名され、着色を始めた
が、彼が技術の粋をつくしても駄目な絵は矢張り駄目な絵のままだった。見るのもおぞましかった。売れないだろうと言う予感は増す増す確実だった。
社長に原画家を替えてくれるように猫田さんが何度か頼んだが、今までそんな事はした事が無いし、第一契約を済ませた原画家を切るような我が儘は認められない、と言われてしまうだけだった。
当時、社長室と営業は、開発と別の場所にいたというのも、社長が事態を把握していなかった原因だろう。
その上こちらがT女史に連絡を取ろうとしても、なかなか繋がらないし、仕事は遅いしで俺と猫田さんは発狂寸前だった。
これはサシで顔を会わせて語るしか無いと、会社にT女史を呼ぶことになった。
原画のひどさとは裏腹に、実際のT女史はまともそうに見えた。
だが、彼女が帰った後、俺と猫田さんの心には酷い徒労感が残った。
わかったのは、彼女が自分の原画が酷い物とは全く思っていないと言う事。
思っていたとしても、俺達の前ではそれに気付いた素振りも見せなければ、改善する気も無いという事だった。舐められているのかもしれなかった。
最悪だった。
だが、この事態は、今まで強硬なまでに原画家を変えるのに反対していた社長が、キリヤマさんのモニターに表示された着色済みの絵を見てしまった事であっけなく解決した。
社長は、モニターを見て暫く言葉を失い、
「これは駄目だ」
とようやく呟いた。
だが社外で新しい原画家を捜している時間は無かった。
そこで社長が白羽の矢が立ったのが、さくらめーる(現ふじみやみすず)さんだったのだ。その決定は、俺と猫田さんを安心させた。結果的に言えば、めーるさんを『女郎蜘蛛』の泥沼の特に深い所へ引きずり込む事になったのだが・・・。
一からキャラデザをする時間は無かったので、T女史のキャラデザを元にめーるさんにキャラを起こして貰い、出来上がった物は満足のゆく物だった。
こうして原画家の問題は、良い方に解決した。
だが、『女郎蜘蛛』を巡る最大の問題は俺だったのだ。
俺は理想のゲームを作ろうと思っていた。
自分がユーザーとして望んでいた全てをぶち込んでやろうと燃えていたのだ。
『女郎蜘蛛』で目指したのは。
@ 一ヶ月のゲーム期間中プレイヤーが同じ文章を繰り返し読む事が無い事。
A 世界が主人公に関わりない所でも変化していく事。
B プレイヤーの行動がゲーム内の世界にきちんと反映する事。
C プレイヤーに高い自由度を保証する事。
当時、この様に明確に考えていた訳では無いが、今から考えれば、この4点に集約できると思う。
@に対しては、主人公の見る景色や感じ方が毎日少しずつ変化していく事で対応する事で実現を目指した。
Aに対しては、主人公の行動に関係なく否応なく起こるイベントなどで見せる事にした。
Bに対しては、ヒロイン3人の誰に深く関わるかによって、プレイヤーに見えてくる物が違うようにする事と、プレイヤーキャラの行動の傾向によって、プレイヤーキャラの性格までが変化し、地の文、プレイヤーキャラの台詞、選べる選択肢までもが変化してゆく事で実現する事にした。
これは前作の『輪恥』でもある程度はやっていた。
Cに対しては、選択肢をなるべく増やし、かつ、ストーリー上の分岐を増やす事で実現を目指した。
勿論@〜Cは、アドベンチャーパートのシナリオだけでなく、調教シーンにも反映される予定だった。
@〜Cの目標は、それぞれ相互に影響しあい、ひとつの独立した世界をゲーム内に構築する筈だ。俺は実現できると思っていた。
テキストは遅々として進まなかった。
一つのパーツを書くだけでも、参照しなければならない事は無数にあった。
例えばプレイヤーキャラがヒロインの一人と会って会話するとするとする。
それだけの事なのに、幾つもの事を考えなければならない。
プレイヤーキャラがそのキャラと会うのは何度目か?
そのキャラについてどの程度知っているか?
そのキャラに好かれているか嫌われているか?
現在何日目か?
プレイヤーキャラの行動傾向はどうか?
それらに対応するように、フラグとカウンターを参照して文章を場合分けし、飛び先を作り台詞を考え、それをまたフラグとカウンターに反映させる。
この作業の延々とした繰り返しだった。
結果として、『女郎蜘蛛』はシナリオライター本人ですら把握が困難な程のフ
ラグとカウンターの相互にからみあった化け物と化していったのだ。
いくら書いても終わらなかった。
猫田さんは他の仕事に忙しく、俺を構っている暇が余り無かったし、社長はこちらに任せきりだったから俺の暴走を止める人は誰もいなかった。
暴走はキャラ立てにも及んだ。
それは伊佐治、北川、蝶子に顕著だった。
伊佐治は最初の計算通りギャグキャラになってくれたが、計算以上に良く喋っ
た。それが俺も面白くてたまらなくて伊佐治の好き放題にさせてしまった。卵の飲み方にまで凝って書いてしまった。
北川は最初の予定では忠義な執事というだけの筈が、昔、戦争で収容所の看守をやっていたと勢いで書いてしまった暴走を開始し、最終的には恐ろしく銃の扱いに慣れた陰険冷酷無情な戦闘兵器と化していった。
そして蝶子。
最初、メインヒロインは茉莉絵の筈だった。
だが茉莉絵はメインヒロインゆえにあんまり最初から汚れ役をさせる訳にもいかず、また彼女が賢いと事件その物があっさりと解決されそうな事もあって、どんどんと物知らずな馬鹿と化してゆき、更に物知らずなゆえに事件の核心からも遠ざかる事になっていった。結果、茉莉絵のドラマが薄くなってしまったのだ。
かと言って未紗緒の方は、非常にきっちりと過去が設定されていて、更に過去に縛られまくり狂気に陥っているがゆえに現在の自由度が少なく、テキストを書く上での暴走は少なかった。計算通りといえばいえる。
蝶子はその点書いていて幾らでも膨らませられた。
メインヒロインでも処女でも無いと言う設定ゆえに、最初からいくらでも酷い事が出来た。ユーザーの人気は処女で無いとゆう時点で無いと思っていたから、書く方にも遠慮という物が無い。だから書くのが楽しかった。
全てを知っていて耐えているキャラゆえに、シナリオライターから見て何も知らない茉莉絵や狂気に逃げてしまっている未紗緒よりけなげで、可愛がりがいがあり、イジメがいがあり、更に書くのが楽しくなった。
いかに蝶子をいじめるかを日夜熱心に考え続けた。
不幸に!! もっと不幸に!! 不幸のどんぞこに!!
不幸にすればプレイヤーに受けるとか、そういう事は全く考えてなかった。
まだ未完成だったシナリオを読んだAさんいわく
「この子、可哀想すぎ・・・これからどうなるの・・・?」
と言わしめた程だった。
「これからもっとヒドイ事になるんだよぉ」
と俺は笑いながら答えた。
そして主人公に関わる事により心情が変化していく様子が誰よりもドラマチックだったので、そこもシナリオライター魂に火をつけた。
主人公と蝶子が出てくると、何を喋らせようかとわくわくドキドキしたものだ。
結果、蝶子に関するテキストは、他の二人に比べて膨らみ、ファイル数も増加。
ついには他の二人に割り振られる予定だったグラフィック枚数を削って蝶子に回すと言う暴挙にまで発展した。
ついには誰が見てもメインヒロインは蝶子に見える様になった。
なんせシナリオライター本人もいつのまにかそう思うようになっていた。
可哀想な茉莉絵。違う意味で可哀想な蝶子。
ただでさえ複雑なシナリオは、俺の暴走により更に複雑になり、発売日はじりじりと伸び続け年を越えてしまった。俺は正月会社へ泊まり込んで『女郎蜘蛛』を書き続けた。文章は流れるように出て来たが量が膨大な為に遅々として進まない。この頃には猫田さんも手の施しようが無く、俺が書き上げるのを待つしか無くなっていた。
いつまでも完成しないシナリオに会社内の俺に対する雰囲気は悪くなっていたが、この頃は気にならなかった。始終気分はハイで、自分が凄い物を書いていると言う確信があったから何も気にならなかった。
『滝廉太郎と川井憲次が合わさった様なのにして下さい』と言う指定で発注して作って貰ったメインテーマは常に頭の中を流れていた。初めて聞いた瞬間に、余りにイメージとぴったりだったので、俺は勝ったと思った音楽だった。
登場人物達は俺の制御を離れて活き活きと動き、予想外の台詞を次々と吐き、俺は登場人物達の性格や動機に関する新たな発見にわくわくしっぱなしだった。
そしていよいよ終末が迫ってきた。
自分でも興奮していた。予定していた物を、自分が書きあげつつある物が越えた確信があった。確信は離れることなく胸中に留まり続け、その熱が俺を走らせ続けた。未紗緒、蝶子、茉莉絵、北川がまるで目の前にいるようだった。
そしていよいよ、全てのシナリオを書き終えた。
終わった・・・
誰にでも自慢できる物が書けたと思った。
俺の理想の半分は実現したと思っていた。
物凄い脱力感、虚脱感、満足感が俺の胸を満たしていく・・・・・・・。
シナリオライターとしての至福の時だ・・・・・・。
ここで終わればハッピーエンドだった。
だが、終わりは遠かった。
単にシナリオが終わったというだけだ。
自分の思い上がりを俺は、この後、嫌と言うほど知る事になる。
BY ストーンヘッズシナリオライター まるちゃん改め丸谷秀人でした。
PS
突然ですが、この連載もうすぐ終わりです。
ぶっちゃけた話、俺がこの会社からいなくなるのです。
来週には、もうストーンヘッズのオフィスから消えます。
ただ、この『女郎蜘蛛』のパートが終わるまでは連載を続けさせて貰える事になりました。有難いことです。
と言うわけで残りも少ないですが・・・・・・・・。
来週の『エロゲーとわたし』は?
書くのも痛い。
醜い自分、
格好悪い自分は嫌だ。
でも
書きたくないが書かねばならない。
なぜならこれも『女郎蜘蛛』の一部だから。
今だにPIL史上最悪最低と言われるデバックが人々を呑み込んでいく。
シナリオライターにすら把握できないフラグとカウンター
調整するのも苦痛なパラメーターの多さ。
とってもとっても発生するバグ。
めーるさんはいつも極度にイライラし、
他の同僚達の視線も戦犯であるシナリオライターに冷たい。
当たり前だ。
弱気になり投げ遣りになり弱音を吐くシナリオライターを
MR・Zの冷たい言葉が容赦なく打ちのめす。
だが、反論の言葉は無かった。
悪いのはシナリオライター当人なのだから・・・。
シナリオライターは会社を辞めなければならないかと真剣に考えた。
来週をお楽しみに。
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