2000年5月25日。 私はインターネット環境を持ってません。エロゲー専用のパソコンは持ってるけど。CPUパワーは550Mhz、メモリは252Mだ。買った時には素晴らしいスペックだったが今ではすっかり普通。
んな所で気を取り直して始めましょう。
さて、そう言う訳で僕は『学園ソドム』のバグチェックに突入した。
流れとしては、
@リストファイルを見ながら、全ルートをチェックしていく。
Aバグを発見したらバグシートに書き、隣のプログラマーさんに渡す。
Bバグが直って帰ってくる。
Cバグが本当に直っているかチェックしつつ、見逃しているバグが無いかチェックする。
@へ戻る。・・・の繰り返し。
10時に出社したら退社時刻まで、休み時間を除いて、延々と繰り返す。
最初の内は日本中の誰よりも早く『学園ソドム』が出来ると言う選ばれし者の恍惚に酔いしれていた。実際滅茶苦茶面白かった。
聖マリアンヌ学園のクラスを占拠した灰田はいったいドコまでやるのか? 相棒の豚男の黒岩とコンビを組んでの惚れ惚れする下劣さ。窓から放尿させたと思ったら、今度はピザを突っ込むんかい!! 次は女のあそこを鉛筆立て!? 全編に渡って露出プレイのてんこ盛り。校庭で全裸引き回し、お前ら犬だワンと鳴け、と首輪をつけてお散歩だ!! 脱糞、放尿なんのその。一般社会の偽善を暴きマスコミの嘘臭さを揶揄するなど、今までにないハードかつ鬼畜外道な展開に僕のエロゲーマニア魂が萌えた!! これが『電撃ナース』を書いたのと同じシナリオライターのシナリオとは思えない。
これぞエロゲー!! これぞ18禁!! うひゃうひゃうひゃひゃ!!
と、幸せがドコまでも続けば良かったのだけど、現実はそう甘くなかった。幾ら面白くても仏の顔も二度三度。何度も同じ選択肢を選び、一度見た文章をまた見るというKGBの井戸掘り拷問にも似た作業に、狂信的エロゲーマニアの僕でもプレイが辛くなってくる。お馴染みの睡魔が心の隙から忍び寄り、こんな所で寝たらまた会社をクビになるぞ!! と言う切実な恐怖もなんのその、容赦なく僕をリングに沈める。10カウントが今日も鳴る。
かといって、寝ちゃ駄目だ寝ちゃ駄目だ!! と心で唱え、太腿をつねり、自らの頬を叩き睡魔をやり過ごし続けると、肝心のバグチェックはどこかへ遠くへ三千里。今日も寝ないで済んだ事で喜ぶという本末七転八倒なお笑いとなる。
その上、何度も同じ場所をプレイすると画面上のテキストを頭の中で勝手に補正して読める様になる。いや、これホント。慣れというのは怖ろしい。するとアラ不思議、誤字や抜け文字、演出間違えなんのその、バグが目の前にあっても見えなくなるという、脳天ハッピーな素晴らしくも情けない精神状態が出現する。
だからバグチェックは常にバグがあると思って取り組み厳重に、かつ複数の人間でやらなければ駄目な訳です。仮にバグが見つからなかったとしたら、無い事を喜ばず、在るのに気付かなかったのでは無いか? という疑念に身もだえするのがプロなのです。ひゅーひゅーステキよお客さん!! プロって凄いわぁ。と言いたい所だが左様は行かないのが辛い所。
其れはマスターアップ直前のある日の事、田所さんが現れて「まるちゃん、ここバグがあるんだけど・・・此の場所でバグ今まで出てた?」と聞かれた僕は、手元にあるリストファイルをぱらパラと捲った。血の気が引いた。なんとその場所には赤ペンでチェックが入っていなかったのだ!! つまりチェックしていないという事だ!! 「あ、あのそのぉ、そこ、チェックしていないみたいなんですぅ(ハァト)」と小首を傾げて可愛らしく答えて誤魔化したい気分だったが、そこは耳にバイザーすら付いていないむくつけき男の哀しさ、そんな芸がある訳も無く、ただ震える声で答えるだけだった。ぴーんち。その答えを聞いた田所さんのやつれた顔に殺意にも似た物が浮かんできた。「まるちゃん・・・ここ、リストファイルのチェックは君に任せてたよね」「すいません・・・」「いや、すいませんはいいんだよ、これで、まるちゃんへの信頼度は九割減ったな」「きゅきゅきゅーわり!!」九割と言ったら、倒産した会社の製品が100円ショップで売られる位の大安売りだ。マツモトキヨシにだって勝ってしまう割引率。「もしバグが見つかってユーザーから返品でも来たら、その損害はまるちゃんの給料から引くしかないな」そう言う目は本気に見えた。なんせバグチェックとシナリオが平行して進むと言う修羅場だったから、シナリオライターでもある田所さんの疲労度は凄まじく、目は血走り、口からはユンケルの匂いがした。
足下をうろうろしている猫の未玖が、にゃあ、と啼いた。
あの時ほど猫が小憎らしいと思った事は無かった。
田所さんが去った後、取り残された僕は自分の暗い未来を考えて気持ちが悪くなってきた。吐き気が込み上げてくる。悪い未来と言うのは、賠償金を払えずに両親に泣きつき、その上会社にも居られなくなり、家にも居心地が悪くなる、という様なダークな未来社会だ。ブレードランナーみたいだ。
昔からそうで、悪い事態をリアルに考えると気分が悪くなって来るのだ。女の子に告白する時には、常に振られる事を考えてしまう癖がある、何故か旨く行くという薔薇色の未来図は一瞬で終わり、振られるパターンだけが幾通りも頭の中に増殖していく。糞虫扱いされたあげくに害虫呼ばわりされて振られる様子なんかを克明に想像していると、気分が悪くなってきたものだ。
尤もこんな事がそうしょっちゅうある訳では無い。あったらとっくに首でもくくってる。『女郎蜘蛛』の末期にも同じ気分を味わって出勤するのが怖くてたまらなくなった事があったが、それはまた別のお話だ。
そんな恐怖を残しつつ、とにもかくにも『学園ソドム』のバグチェックにも終わりの時が来た。これが工場へと運ぶマスターだといって見せられた時も、嬉しいというより、ただ終わったという安堵の方が強かった。試用期間の内の一ヶ月が過ぎていた。まだ社内の人間で名前と顔が結びつかない人間が何人かいたが、最初怖れていた様な怖い人達の巣窟というイメージは無くなっていた。
『学園ソドム』が終わり『SEX2』は、まだ期間の余裕もあったから、僕は通販の袋詰め作業などに参加しつつも、のほほんとしていた。
エロゲー雑誌を読みふけり。エロゲー漫画誌を読みふけり、会社に置いてある漫画を片端から読み定時には帰宅していた。給料を貰って失業中より遊んでいた。
大いなる充電期間という美しい言い方もあるが、端から見れば遊んでいる様にしか見えなかったろうし、本人もそう思っていたし。
足下を未玖がうろうろするのも気にならなくなって来た。
心に余裕が出てくると、結構可愛いじゃないか、とまで思うようになる。矢張り心の豊かさが明るい未来を呼ぶのだ。
昼休みはエロゲーにふけり、熱中すると就業時間まで研究と称して他社のゲームをしては「どうしてこんなにキャラが可愛いのに糞ゲーなんだ!! アメリカに渡ったらパスポートが見つからなくて戻れないじゃ無いか!!」とか「コンサート会場への移動に時間制限があるのに、現在時刻がみれないなんて糞だ」とか「1より詰まらない続編なんか作るな!! 絵が可愛くなくなったぞ」と吠えていた。
自慢じゃないが僕のゲームへの没入度は高く、プレイ中、吠えたり、苦悩したり、怒ったりと、端で見ていて大変楽しい様子らしい。
幸せな時代であった。
幸せというのは振り返った時解る物だ。
で、今週は、これにておしまい。
BY ストーンヘッズシナリオライター まるちゃん改め丸谷秀人でした。
PS 次回予告!!
やっとデバックの沼地から抜け出した探検隊!!
だが、それは次の沼地への一歩に過ぎなかった。
幸せな時間は唐突に終わりを告げ。
予期もしていなかった戦場が目の前にあった。
出来ていたのはエロシーンの絵とキャラのみ!!
次回、ゴーチャンが来た!!
見捨てないでね。
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