Loading
このエントリーをはてなブックマークに追加
● 丸谷秀人のつぶやき千里・第73回

 依頼人の息子は、その名前を名乗る、と書いて残していったのだ。
 
 渡航者。
 平行世界へ旅だった者達。片道の旅。
 禁止されているが、それでも旅だってしまった者達。
 かつて小説家と呼ばれていた人種に降りてきたテキストの中でのみ、その消息
を残された人々に伝えてくる者達。
 
「ですが、別人が名乗っている。もしくはローレシア原住者である可能性――」
「息子を描いた絵もリーディングした、と聞いております」
 
 俺はルーズリーフから取り出すのを躊躇。
 テキスト中に年格好や些細なデータがほとんど出現しない端役に、本人確認の
重要な手がかりとなる挿絵がついているのはレアだ。
 だが、その挿絵は母たる人が見て楽しいシーンではなかった。
 何事かを察したのか、女性は毅然とした声で重ねて
「見せてくださいまし」
「判りました……」
 
 俺の脳をスキャンして取り出された該当画像をプリントアウトしたものを、彼
女に差し出す。
 
「………」
 
 否定するかもしれない、と思う。
 顔のみをアップにして渡しはしたが、どう見ても尋常な状況の絵ではない。
 断末魔、苦悶の顔だ。
 
「息子に間違いありません」
「そう、ですか」
 挿絵はよく特徴をとらえていたらしい。
 
「向こうでどのような生活を」
 仔細が書かれた書類はすでに送られている。承知しているはずだ。
 歴史を動かすようなキャラクターでなければ、判る情報もごく僅か。
 それでもリーダーに聞きたがる人は後を絶たない。
 
 俺はまずテキストから判る範囲のことを語った。
 マイレリア王国に傭兵として仕え、恐らく手柄を重ね正規軍に編入を許され、
わずか3年の間に騎士見習いに出世していたと。そしてその期間でそこまで出世
したのは異例のことで、よほど努力したのだろうと。
 
「……充実した人生だったのでしょうね」
 おそらく、と言いかけて
「ええ」
 それくらいは断言してもいいだろう。
 かつてなら俺は小説家と呼ばれる存在だったのだから。

「……息子の最期は」
 
 テキストは素っ気なかった。
 
『下がれロミア・ナポド! 突出しすぎだ』
『命令するな! 手柄を立てちまえばおとがめナシ! 傭兵が3年で従騎士に、
2年のうちに騎士にだって――』
 突出した従騎士の体を、黒い旋風が両断した。
 
 それだけ。血気にはやり突出し殺された。
 彼に関してテキストはそれだけ。
 
 だがそれでは彼女は満足してくれないだろう。
 わざわざ俺に聞きに来たのだから。息子の最期の様子を。
 
 21世紀初頭。
 ありとあらゆるフィクションは実は平行世界の現実でしかなく、作者と呼ばれ
ていた存在は創造など全くしておらず受信していただけだと証明されてしまった
この世で。唯一語る事を許されたフィクション。
 
 それは受信した現実を膨らませ、
 
「息子さんの最期は勇壮でした……」
 
 残された人に語ることだけだった。


2014/03/20



過去の更新
2015年   1月  3月 
2014年   1月  2月  3月  4月  5月  6月  8月  9月  10月  11月  12月 
2013年   1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月  12月 
2012年   1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月  12月 
2011年   1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月  12月 
2010年   1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月  12月 
2009年   1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月  12月 
2008年   2月  3月  4月  5月  6月  7月  8月  9月  10月  11月  12月