● 丸谷秀人のつぶやき千里・第74回

　なぜ人間は眠くなるのだろうか。
　
　ゴキブリでも眠るらしいから、人間が寝ても不思議はないのだけど、意志
の力で眠らないですむのなら、そのほうがいいじゃないか、寝るの好きだけ
ど、大好きだけど、寝るのって気持ちがいいよね。仕事がなければ１日中寝
ていたいですよ。寝たきり中年ですよ。ベッドに手脚が生えていればいいん
ですよ。ベッドが走る。ベッドが跳ぶ！　アグレッシブベッドと名付けて商
品化してくれんかな。あくまで人任せの俺。もちろん俺が買える範囲の金額
で……いや、なにを弱気な。なぜ自分の財布などという小さいことを考える。
嘆かわしい。全く嘆かわしいです。提案者である俺は試供品をもらえる権利
があるはずだ。パジャマで枕かかえて玄関で待ってます。アグレッシブベッ
ドが手に入った暁には、ベッドの中で仕事ですよ。だめだ、ベッドの中で仕
事なんかしたくないよ。仕事はアグレッシブベッドがやってくれるよ！　な
んせアグレッシブだから。俺はせいぜい本でも読むか音楽聞くくらいですよ。
それ以外は禁止。意志の力でいつでも寝ますよ。まぁ意志の力なんて力まな
くてもいつでも眠れるけど、若くて仕事なかったころは、その辺にごろっと
横になって気づくと真っ暗で「ああ、もうこんな時間か。こんな時間からじ
ゃなんにも出来ないな」とまた寝たなんてしょっちゅうだった。あの気持ち
よさ。贅沢っぷり。まさに貴族。すげー快楽。だからたっぷりと寝るのを楽
しみたい。たい焼きでいうならおっぽの先端まであんこが詰まっているのを
楽しみたい。
　実はね。そのことで不満があるんですよ。眠るってあんなに気持ちがいい
のに、いつ寝たか判らないし、寝ているあいだにはその気持ちよさが味わえ
ない、なんとか寝ているあいだもたっぷりとその気持ちよさを味わいたいの
です。どうすればいいんでしょう。寝ている間にも意識があればおそらく果
てしなく甘く美味しいあの眠りの恍惚をたっぷりと感じられるのに……って
待てよ、なんで意識もないのに、そもそも感じることが出来ないのに、寝る
のはきもちがいいと思うんだろう。だって寝ているとなにもわからないから
気持ちがいいかどうかもわからないじゃないか。本当はとっても辛くて忘れ
たくなるような時間だから、忘れて精神の正気を保っているのかもしれない
ぞ。だとすれば今こそ意志の力を発揮して邪悪な眠りを追放しなければ！　
でも気持ちいいんだよね眠るのって、睡眠万歳。ではなにをもって気持ちが
いいって思ってるんだろう。布団やベッドに入って眠るまでの時間がいいの
か？　でも、意識があるのだから寝ていないわけで、寝ていないのだからそ
れは眠りじゃない、それどころか目が冴えてずっと眠れなかったらなんにも
気持ちよくない。
　……寝たいなぁ……それなのに、今夜（まぁ真っ昼間かもしれないけど）
に限ってどうして眠れないんだろう。寝たい！　羊を数えてみたりその羊が
逆走したり、バク転して跳び越えたり、柵を突破して牧場から逃走したり、
牧羊犬が必要だ、もっと高い柵だ、柵の上には電気を、電気が必要だから電
線を、設備を整えるためにもっと羊を、設備が増えたら人件費が増えた、っ
ていったいどこのゲームですか。牧場を大きくするよりも眠りたいんですよ。
　というように眠れないのは気が疲れるばかりです。
　いったい全体、なにを指して寝るのは気持ちがいいと言っているのか。意
識もなく感じることも出来ないのに……いや、寝ている時間の中でも意識が
ある時間があるじゃないですか、夢だ。夢ですよ。ドリーム。夢ならば感じ
られるし覚えてられることもあるから、夢が気持ちいいから眠るのは気持ち
がよくて大好きなんじゃなかろうか。でも、覚えている夢って大抵悪夢なん
だよねー。ならば覚えていない夢は全部いい夢だったんだろうか？　覚えて
いないけどいい夢ばっかり見てるから寝るのは気持ちいいんだろうか。あれ
だよね。枕の下に宝船を描いた紙を入れておくと、いい初夢が見られるそう
だよ。一富士二鷹三茄子。では今夜からさっそく実行だ。いや今夜なんて言
わず今からさっそく実行だ！
　
　ちなみにカモノハシは夢を見ないそうだ。
　人間でよかったとしみじみ思いました。


2014/04/18