● 丸谷秀人のつぶやき千里・第75回
青空がよくみえる展望台で並んで弁当を食べていたら 蛇がオレに言った。 「なぁ噛ませてくれよ。ちょっとでいいからさ」 「いやだよ」 「けちだなぁ。オレとお前の仲だろ。な。ちょっとでいいから」 ひとなつっこい目をして、愛嬌たっぷりに喰っているおにぎりのご飯粒が ついた舌をちろちろと出す、 「痛いからいやだ」 「いたくしないから、さきっちょだけでいいから」 いたくないなら…… 「いやいや。だってお前、毒もってるじゃん」 「自慢じゃないが、一滴でウシの100匹はいけるぜ」 「本当に自慢じゃないな」 蛇はおにぎりを一口で呑み込み、喉のあたりをふくらませながら 「だいじょうぶ。血清もってるし。よく効く奴」 「用意いいな」 「ああ。オレと違う種族のだけど」 「だめじゃん。なんでそんなのもってるんだよ」 「特価品で売ってたからちょっと」 「特価品なのかよ!」 「もし、お前がその種類の蛇に噛まれたら助けられるじゃんよぉ」 「……」 「うたぐるなよ。オレ傷つくぞ」 「傷つくタマかよ」 「そもそも、オレに噛まれても死ぬとは限らないだろ。挑戦してみ」 「ちなみに挑戦に勝った奴は?」 「先に結果を知ったら挑戦とは言わないだろ」 「そもそも挑戦したくない」 なんでこんな奴と一緒にいるんだろう、友達でも相棒でもないのに。 腐れ縁というか、まぁいろいろなんだかんだ。 こんな天気のいい日に並んで弁当とか食べてるし。 「あーあ、まったく噛ませない人間と一緒にいるなんて、オレもどうかして るぜ。この前、変態って言われちった」 「噛ませてくれる人間がいるのかよ」 「いたぞ。有名どころだとクレオパトラとか」 「死ぬ時だろ!」 「挑戦に負けたんだ。不幸な事故だったんだ。だから、な」 ぺろり、と弁当をたいらげると、愛くるしい目でオレを見るから 「そんな目で見てもだめだ」 「いいのかいいのか? そんなにつれなくしてるとオレ、どっか行っちゃう ぜ。世界は広いんだぜ。この広い世界のどこかにはそういう無謀で馬鹿な奴 がいるかもしれないような気がするんだ」 「じゃあ、そいつのところへ行けよ」 こいつがいなくなったらどうなるだろう。もう一緒にいて十数年になる。 「そうしたいのは山々なんだが……そんな馬鹿いるかいないかわからんし、 って、もしかしてお前、知ってるのか!?」 「知らん。そもそも、お前は噛んでなんか得があるのか?」 「蛇だから噛むのはあたりまえだろ」 「そういうものか」 「だから最初から、噛ませてくれって言ってるじゃないか。あ、ちょっとお 茶くれ」 こいつは手がないから仕方ない、蛇だし。 水筒から蓋のカップにほうじ茶を注いでやって前へ置き、 「毒がなけりゃな」 「おいおい、毒はオレのアイデンティティだぜ。なかったらそれはオレじゃ ないだろ。毒のないオレなんて、コーヒーもミルクもないコーヒーミルクじ ゃないか」 「それじゃカラだろ」 「カップだけだと紅茶をいれられてしまうかもしれないじゃないか」 「それはそれで新しい人生が拓けるかもしれないぞ」 「じゃあ、オレに毒がなかったら噛ませるか?」 「噛ませない」 「なぜだ! 問題は毒なんだろ?」 「だって、お前じゃないんだろ。毒がなかったら」 「なんだとオレじゃない毒がない蛇なら噛ませるっていうのか! オレに噛 ませないって言うのに」 「噛ませない。痛いから」 「わがままだなお前」 「どっちがだよ」 「ごちそうさまでした」 「ごちそうさまでした。じゃ帰るか」 オレがベンチから立ち上がると、蛇は足下にじゃれつきながら 「まぁ、いいさ。そういう気になったら言ってくれ。クレオパトラみたいに、 大して苦しまず1発できめてやっから」 「死ぬのかよ」 「当たり前だろ。オレは毒蛇なんだぜ」 まぁこいつに噛まれれば、 少なくともオレが死ぬまでは側にいてくれるだろう。 「気が向いたら、いつかな」 「今でしょう」 「今はそんな気分じゃない」 「せいぜい期待してるさ。蛇は辛抱強い待ち伏せが得意だからな」 そう言うと、舌をちろりと出して笑った。 2014/05/23 過去の更新 2015年 1月 3月 2014年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 8月 9月 10月 11月 12月 2013年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 2012年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 2011年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 2010年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 2009年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 2008年 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 |